300名山紀行 毛勝山 (2414.4m)
2010年9月3日 山行者 5人
残っている200名山の中では最難関の山、早目に何としても登りたいと思っていた。積雪期に谷を詰めて登るコースが一般的であったが、尾根からのコースが10年前に開拓されてから行き易くなった。しかし標高差1700mを日帰りで登る事になり12時間が必要となる体力が要る山である。
登山口にある片貝山荘は発電所の寄宿舎であったが、今は魚津市役所の管理下になっている。宿泊の許可を取った。管理人は居なくて無人で開放されていて無料である。電気が灯くのは有りがたかった。外観は汚れていて薄気味悪かったが、中は部屋が幾つかに分かれ板張りで綺麗に清掃されていて気持が良い。水はポンプが壊れていて、ツルベで川の水を汲み上げた。この連日の猛暑はここ標高713m、川の流れの上の宿舎でもあまり涼しくも無い。明日も暑ければ難行苦行になる事であろう、心配である。
朝の5時、明るくなるのを待ってから出発する。林道を少し登り、昨日確認しておいた登山口から登りにかかる。最初の1時間が最も急な所、トラロープが幾箇所にも垂れ下がっている。木の根に掴まりながら四つん這いになりながら登って行く。新しく造られた毛勝山登山の為のみ道、最短距離を一直線に登っている。
尾根に取り付いてからは幾分緩やかになっているがひたすら登っている。阿部木谷と東又谷に挟まれている狭い痩せ尾根、深い渓谷が望まれる。1000年以上はあろう杉の大木、雪の重みで奇妙に曲がっている大木、原生林の雰囲気が感じられる。大木のミズナラが惜しい事に総てナラ枯れに遣られ粉を吹いているのは残念である。雲が広がり濃いガスが垂れ込み、谷底から吹き上げてくる冷たい雪渓の風が思ったよりも涼しさを運んでくれ、気持が良い。
1473mに三角点がある。ここまで3時間を要した。少し遅いと感じる。スピードアップの為、雨の心配は無いのでここに荷物を少しデポする。
1700m地点、展望が良くなり少し周りが見えるようになる。対岸の駒ケ岳が大きい。南側は大明神山、切れ込んだ谷筋には豊富に雪渓が見られる。登っても登っても次々とピークが立ちはだかり、目標の山頂は雲の彼方である。
2000mの台地に上がり込むと、様相が一変する。草原状になり、背の低い樹林の前には豊富に水を溜めた地塘が点在し、壮大なお花畑が広がっている。見渡す限りチングルマの毛が風に揺れて、濃い霧の中に浮かび上がっている。ウメバチソウかと思ったらイワイチョウが足元に、白い小粒の穂はイワショウブ、赤い大きな穂はカライトソウ、黄色い花はキンコウカ、別天地に来た感じがする。さらにコブを一つ越えると同じようにチングルマの草原、又越えてもチングルマである。花の時期ではいかばかりかと思う。10年前までは全く人目に合う事も無く、毎年ヒッソリと咲き続けていたであろう事を思うと感慨が深い。原始のままの花畑である。谷道に大きなブドウの粒くらいのキイチゴが赤く熟している。美味しそうであったが、何故か苦い。
2150m地点。濃いガスで前方は全く見えないが、風の切れ間に何となく高い位置に山頂が感じられる。もう頂上は近い。一切の荷をここにデポして登りにかかる。石コロの谷筋と砂礫の急坂、息を切らしながら必死に高度を上げる。濃い霧は雨粒が混じり、下から吹き付けられ寒さを感じる。1時間程、やがて緩やかになり、ハイマツ帯が草付きになりそして広い台地に上がり込む。そこが山頂であった。
三角点と標識が転がっている殺風景な山頂であったが、苦闘の山である。底の見えない深い谷から冷たい風が吹き上げてきていて不気味である。ガスの為周りは良く分からないが、大きな稜線の一部のようである。この稜線の先に大きな剣岳が鎮座しているはずであるが展望は皆無。寒くなって来たので写真を撮ったのみですぐ下る事にする。
荷物をデポした所に戻って来てホッと一息。休息を取る。この場所には暖かさを感じる。何とか登れた事に感慨が深い。7時間の登りであった。後は1700mの下りのみ。普通は一日仕事である。ここは足場も悪く狭くて滑り易い。ダムが見え下りの最後は文字通り足が棒のように硬直し、しばし休憩を多めに取りながら下って行った。5時間を要し、当初の予定通り12時間の難行の山であった。
片貝山荘(5:00)−毛勝山(12:00)−片貝山荘(17:00)